なぜ統計的にも論理的にも納得いくような正論があったとしても、
人はその正論を採用することなく非合理なことを選択し続けるのか?
これが私の長らくの疑問であった。
結論から言うと、正しいだけでは人は動かない、現状維持バイアスのため多くの人は変わろうとしないのである。
なぜ人と組織は現状を維持し続け、変わるのが難しいのか?という私の切実な疑問に対する答えが
ハーバード大学のロバートキーガン氏の「なぜ人と組織は変われないのか」の著書の中で
記されていたので紹介したいと思う。
人間は本心から「変わりたい」と思っていても、それを実際の行動に移せる人は極めて少ない。近年の研究によると、医師から「生活習慣を改めないと心臓病で死にますよ」と言われた患者のうち、実に85%が自身の生活習慣を改められなかったという。これは、決して本人が「怠惰である」わけでもないし、「生きたい」と本気で思っていないわけでもない。自分を変えられないのは、人が変化によって失われるものを守ろうとする「裏の目標」を無意識に抱えており、二つの相反する目標(表の目標と裏の目標)の両方を本気で達成したいからなのだ。
この意識の上では変化を望んでいるにもかかわらず、無意識のレベルでその変化を阻止しようとする心理的な働きのことを「変革をはばむ免疫機能」と呼ぶ。そして、その免疫機能がどのように作用し、目標達成を阻害しているのかを明らかにする「免疫マップ」を作成し、変化を起こせない“本当の問題”をあぶり出さなくては良い選択があっても新たな選択ができないというのである。
ある牧師の例
【表向きの目標】
- 例: 信仰継承として次世代にバトンを渡し、次世代リーダーを育成していく教会にしていきたい。
【裏の目標】
- 例: 牧師としての立場や役割、これまでの自らの功績が信徒に遺産として引継がれて欲しい。
- 自分が過去の人として認識されたくない。
【その結果としての阻害行動】
- 例: 結局、教会のことはできることはすべて自分でリードし決断していく。
【表向きの目標】
例:牧師主導の教会ではなく信徒全員参加型のサーバントリーダーシップの教会運営のチーム体制にしたい。
【裏の目標】
例:今まで献身者という立場にいた以上、フラットな体制に変えることで既存の教会文化になじんだ信徒が流
出するのを防ぎたい。今まで建て上げてきた教会を方向転換することで失敗させたくない。
他の教団の牧師からの軽視や批判にさらされたくない。
【その結果としての阻害行動】
例: 私の存命中は現状維持のプログラム型の礼拝スタイルを守っていこう。
このように、本人も気づかないレベルで裏の目標つまり「守りたいもの」が存在し、変化の足を引っ張ることになるというのである。
- 実際、ロバートキーガン氏は人は何歳からでも成長し変われることは可能であるが、そのためには“変われなさ”の構造を確認する必要があると言っている。
- その構造を知るためにはまず、
- 1.自分の「裏の目標」や思い込みを言語化する。(変化に対してブレーキがかかる要素を抽出する)
- 2.小さなステップ(実験)を繰り返して前提を検証する。(行動することで確認する)
- 3.組織としてお互いの免疫構造(守りたいと思うことなど)を安心して話せる場をつくる(心理的安全性の担保)
といったアプローチが重要だと説いているのだ。
人は外からの圧力ではなく、内発的動機付けによって、表の目標>裏の目標となった場合に変わる一端を担うことになる。
アメリカの心理学者ウィリアムジェームズが言うように、
心が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。
人格が変われば運命が変わるのだ。
実際、保守的なバイアス(裏の目標)を崩すには、心(考え方、認知、固定観念)を変えなくてはならない。
北風と太陽のストーリーにもあるように、自発的に人からマントを脱がせること、
つまり、自主的に人の心を変えるには聖霊の内発的な働きがなければなかなかできるものではない。
右手では表の目標を振り上げて、変わるべきだと主張し、反対の左手では裏の目標として、自らのエゴを握りしめているというのが罪ある人間の姿である。
まさにアクセルを踏みながら同時にブレーキを踏んでいるというおかしなことをしているのである。
旧約聖書のユダのゼデキヤ王のように、本音では平和を願いながらも、自分の存命中、ユダの治世が持ちこたえればそれでよしという短期的な安心だけを優先するリーダーが多いのも事実である。
このことから、他人と過去は変えられないが、自分と未来は変わることができる。
今一度、この機会に自分の裏の目標を探ってみてはどうだろう?
皆さんは本当に変えられたいですか?
