私がキリスト信仰を持つようになったきっかけとなった私の人生に大きな影響を与えてくれた本について書きたいと思います。
その本とはヘンリークラウド博士の著で「changes that heal」という関係についての本です。
その本の中で、関係には4つの必要があり、
1.他者とのつながり( Bonding to others)
2.自他境界線の発達
(Boundaries:Separating from others),
3.良いこと悪いことについての解決(sorting out issues of good and bad)
4.大人になる事・権威についての解決(Taking charge as an adult)
という4つの必要について書かれてあります。これらはすべての人間に共通する根源的な必要で、他者とのつながりを構築、維持、 発展させながら自身の有する能力を発揮しつつ、社会の中で機能していけるように支え合うことができれば、 情緒的にも関係的にも安定した健全性を保つことができるとしているのです。
それではまず、他者とのつながりについてですが、他者とのつながりが無ければ共感し合えないため、さみしさを覚えたり、切なさを感じながら生きることになります。何よりも人は絆を結び合う関係がないならば根なし草のように成長しません。
次に、 自他境界線が曖昧だと自分と他人との境界(所掌)がはっきりしないため、責任の所在が不明確となるため、自分がすべき範囲であるのか、あるいは他人の責任範囲であるのか、明確にできないことから、責任の所掌が混在したり、不明確となり自立と責任の面で問題が生じることになります。(依存と共依存の関係が生じる)
次に、善悪の判断基準についてですが、善悪の基準(考え方)が白黒濃厚すぎると、他人との関係において律法主義的、 完璧主義的になったりします。
反対に善悪の判断基準が希薄すぎると放任主義的、 快楽主義的であったりするのです。
あるいは善悪の判断の決断を下せず、選ぶことができないでいる状態が続けば、フリーズ状態を維持し、鬱になることがあったりもします。(これは考え方や認知に基づくものから起因しています)
最後に、権威の解決についてですが、権威に対して何らかの影響を受けた場合、 権威を必要以上に見下したり、必要以上に恐れるといった傾向がでてきたりします。 強すぎる権威との関係があれば、NOが言えず言論統制が行なわれ、行動と言論の自由が奪われたりというようなことが起こったりします。 逆に権威が弱すぎる関係の場合、特にリーダーとの関係においてリーダーの威厳が無く、無責任であったり、リーダーが頼りない存在とフォロワーに映り、リーダーシップが取れないリーダーの場合、 フォロワーは無責任なリーダーの肩代わりをさせられることになる場合や権威によって守られるべきものが、安心と信頼において問題を生じさせられることになる場合か出てきます。
このことから、関係において自分がどの関係の必要にダメージを受けているのか、あるいはどの必要にフォーカスして関係形成に取り組むべきなのか?どの必要を解決すべきなのか自己省察することは重要なことかもしれません。
皆さんはどの関係の必要により注目する必要があると思いますか?
